生前に行われた不動産の贈与が、贈与者の意思能力の欠如を理由に相続人全員の合意で無効とされ、不動産を遺産に戻して換価分割する。その際、受贈者が贈与のために支出した費用を売却代金から先取りする。この場面で、精算額は贈与になるのか相続になるのか。提出済みの贈与税申告はどう是正するのか。条文・通達から整理します。
想定する場面は次のとおりです。
精算額を「二次被相続人の取得分の一部」として位置づけられれば、遺産分割による取得であり、贈与にはなりません。二次被相続人の相続財産を経て受贈者が取得したものとして、二次相続の相続税の対象になります。
ただし、合意書の文言が「受贈者が支出した費用の補填」とも読める書き方だと、他の相続人からの贈与と認定されるリスクがあります。取得の立場を文書で明確にしておくことが要点です。
提出済みの贈与税申告を「取り下げる」制度はありません。受贈者が更正の請求(国税通則法23条1項)を行います。贈与税の請求期間は法定申告期限から6年です(相続税法32条2項)。
遺産分割は、相続開始の時にさかのぼって効力を生じます(民法909条)。
そのため、法定相続分と異なる割合で取得しても、他の相続人から贈与を受けたことにはなりません。
換価分割も分割の方法の一つです。
国税庁の質疑応答事例は、換価のために一人の名義で相続登記をしても、代金が分割内容どおりに分配されれば贈与税の問題は生じない、としています。
当初の遺産分割の範囲内であれば、取得割合の偏りは贈与の問題になりません。
問題になるのは「分割とは別の理由による金銭の移転」と見られる場合です。
二次被相続人は、一次相続の遺産に対する持分を持ったまま死亡しています。
その持分は二次被相続人の遺産となり、二次被相続人の相続人に承継されます(民法896条、最決平成17年10月11日)。
二次被相続人の相続人が一次相続の遺産分割に加わって、二次被相続人の取得分を確定させた場合は、次の順に承継したものとして扱うのが基本の整理です。
配偶者が遺産分割前に死亡した場合について、二次相続人による分割で配偶者の取得分として確定したものを配偶者の取得とする取扱いがあります(相続税法基本通達19の2-5)。
これは配偶者の税額軽減の通達なので、きょうだいの持分には直接の根拠ではなく、同じ考え方を示す参考として位置づけます。
受贈者が贈与のために支出した費用(登録免許税・不動産取得税・司法書士報酬・贈与税など)は、無効な贈与のために受贈者が第三者へ支払ったものです。
一次被相続人の債務ではないため、遺産から当然に払い戻される性質のものではありません。
合意書が「贈与のために支出された金額を受贈者が取得する」とだけ書いていると、他の相続人が受贈者の費用を補填した(=他の相続人から受贈者への贈与)と読まれるおそれがあります。
他の系統が実質的に負担する部分、場合によっては全額が問題になります。
このため、補充の合意書などで次の2点を明記しておくことが考えられます。
二次被相続人の相続財産に計上するのは、精算額そのものではありません。
二次相続の開始時点で不動産が未売却であれば、次の算式によると考えられます(相続税法22条)。
二次相続開始時の不動産の相続税評価額 × 二次被相続人系統の取得割合
取得割合 = {(N − 精算額)× 法定相続分 + 精算額} ÷ N
(N = 売却代金 − 売却費用)
売却が二次相続の申告期限に間に合わないと、割合が確定しません。
割合を固定値で合意しておくか、見込みで申告して確定後に修正申告または更正の請求を行う方法が考えられます。
今回の合意書の前に別の合意があり、それを合意解約しているケースがあります。
先行する合意の性格によって結論が変わります。
| 先行する合意の性格 | 今回の合意書の位置づけ | 課税関係 |
|---|---|---|
| 遺産分割協議ではない(交渉方針の合意など) | 当初の遺産分割 | 上記1〜4の整理で足りる |
| 遺産分割協議として成立していた | 分割のやり直し(再分割) | 先行合意の内容との差額に贈与・交換の課税リスク |
民事上は、相続人全員の合意で遺産分割協議を合意解除し、改めて分割できます(最判平成2年9月27日)。
しかし税務上は、当初の分割で分属した財産を再配分した取得は、分割による取得とされません(相続税法基本通達19の2-8ただし書を参考)。
提出した申告書を撤回する手続は、法律上ありません。
受贈者が国税通則法23条1項の更正の請求を行い、贈与税の還付を求めます。
贈与税は、国税通則法23条1項の「5年」が「6年」に読み替えられます(相続税法32条2項)。法定申告期限から6年以内に請求します。
意思能力を欠く法律行為は無効です(民法3条の2)。贈与は最初から効力がなく、申告時点から課税原因がなかったとして1項で主張します。
抹消登記の登記原因は実務上「錯誤」と表記されますが、民法95条の錯誤は現行法では取消しの対象です。取消権者や期間制限(民法126条)という別の論点を招かないよう、無効であることを明確にします。
後発的理由による更正の請求(国税通則法23条2項)は、判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む)や、解除権の行使による解除・取消し(同法施行令6条1項2号)が対象です。
私的な合意書による無効の確認は含まれませんが、1項の期間内であれば1項で足ります。
還付金には還付加算金が付き、更正の請求の日の翌日から3か月を経過する日と、更正の日の翌日から1か月を経過する日のいずれか早い日の翌日から計算されます(国税通則法58条1項2号)。
還付加算金は雑所得です。
裁判によらず、相続人間の合意で「無効を確認した」形の場合、税務署から実質は合意解除と見られるおそれがあります。
| 個別通達の項目 | 内容 |
|---|---|
| 8項 | 法定取消権・法定解除権に基づく取消し・解除は、贈与がなかったものとして取り扱う |
| 10項 | 取消し等の時点で贈与者に相続が開始しており相続人名義とした場合も、贈与はなかったものとし、相続税の課税価格に算入する(8項に該当することが前提) |
| 11項 | それ以外の取消し・解除(当事者の合意によるもの)は、課税を維持する |
昭和39年5月23日直審(資)22・直資68「名義変更等が行われた後にその取消し等があった場合の贈与税の取扱いについて」
この通達に「無効」を直接定めた項目はありません。
そのため、贈与当時に意思能力がなかった事実を客観資料で立証できるかが分かれ目になります。
贈与税は戻りません。
さらに不動産は受贈者の財産のままとなり、その売却代金を他の相続人に分けることが、受贈者から他の相続人への贈与と見られるリスクまであります。
「不動産を遺産に戻す」ことと「贈与税の還付」は、同じ「贈与は無効」という立場に立つものです。一体として主張する必要があります。
| 項目 | 影響 |
|---|---|
| 一次相続の相続税 | 不動産が一次被相続人の遺産に戻るため、一次相続の計算に含めます。基礎控除を超える場合、相続人がきょうだいとその代襲相続人(甥姪)であれば全員が2割加算の対象です(相続税法18条)。申告期限を過ぎていれば期限後申告が必要です。二次被相続人分の納税義務はその相続人が承継します(国税通則法5条)。 |
| 二次相続の相続税 | 一次相続の相続税のうち二次被相続人の未納分は債務控除の対象です。相次相続控除(相続税法20条)も検討します。抹消登記の費用は債務控除できません(相続税法基本通達13-2)。 |
| 不動産取得税 | 取得がなかったとして還付を受けられる可能性があります。都道府県税事務所への照会が必要です。 |
| 登録免許税 | 移転登記は完了しているため、一般に還付されません。 |
| 譲渡所得 | 遺産分割後の売却は、各人が取得割合に応じて申告します。取得費・取得時期は一次被相続人から引き継ぎます(所得税法60条1項1号)。相続税の取得費加算(租税特別措置法39条)を一次相続の相続税で使うには、売却した年の年末までにその相続税額が確定している必要があります(同法施行令25条の16第1項1号)。 |
| 精算額に贈与税が含まれる場合 | 精算を受けたうえで更正の請求による還付も受けると、同じ費用を二重に回収することになります。精算額から除くか、還付金の帰属を合意で定めておくことが考えられます。 |
| 区分 | 根拠 |
|---|---|
| 民法 | 3条の2(意思能力)/95条(錯誤)/126条(取消権の期間の制限)/896条(相続の一般的効力)/909条(遺産の分割の効力) |
| 国税通則法 | 5条(相続による納付義務の承継)/23条1項・2項(更正の請求)/58条1項2号(還付加算金)/同法施行令6条1項2号 |
| 相続税法 | 18条(相続税額の加算)/20条(相次相続控除)/22条(評価の原則)/32条2項(贈与税の更正の請求期間の特則) |
| 通達 | 相続税法基本通達13-2・19の2-5・19の2-8/昭和39年5月23日直審(資)22・直資68「名義変更等が行われた後にその取消し等があった場合の贈与税の取扱いについて」8項・10項・11項 |
| その他 | 所得税法60条1項1号/租税特別措置法39条、同法施行令25条の16第1項1号/国税庁質疑応答事例「遺産の換価分割のための相続登記と贈与税」 |
| 判例 | 最判平成2年9月27日(遺産分割協議の合意解除と再分割)/最決平成17年10月11日(数次相続における一次相続の持分の帰属) |